TSUKUCOMM-29
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かりやすい文化財として残されています。 バウハウスは、第一次世界大戦に敗れた後の政治的混乱期に、建築家グロピウスによって設立されました。多くの芸術家や建築家が新しいドイツをつくろうとする中で、グロピウスには、ドイツ古典主義の聖地から文化的復興を目指したいという思いがあったようです。古典と斬新さの共存は、ある意味、必然だったのかもしれません。「美」をめぐる哲学論争 かつて、「美」とは何かをめぐって、カントとその弟子のヘルダーの間で激しい哲学論争が繰り広げられました。哲学、とりわけ「美学」の世界では、個々の具体的なモノが美しいかどうかではなく、美しさを感じ取る感性の働き、あるモノを美しいと認識するメカニズムが議論されます。カントは、対象物についての知識や機能、すなわち「関心」を排除し、純粋に対象物の存在のみを見て、それが自分にとって心地よいかどうかを認識する、と考えます。これに対してヘルダーは、対象物が美しいと感じるとき、そこには関心も含まれる、つまり、美しいものへの関心という関心もあるはずだと反論します。 美学が扱うのは芸術作品とは限りませんし、芸術作品も美術館に収蔵されているものだけではありません。カントとヘルダーの議論が示すように、ドイツ古典主義では感性と美しさと芸術は三位一体であることが前提で、「機能美」という概念もありませんでした。しかし、時代の流れとともに、バウハウスのようなデザインと機能性を重視した芸術や、いわゆる美しさとは別の表現を意図した芸術作品も出現しています。そこで近年は、美しさや芸術性を切り離し、感性のみに着目して美を捉えるようになっています。観光とは一線を画した文化財保護 ワイマールの世界遺産の構成資産の一つ、アンナ・アマーリア大公妃図書館は、2004年に火災に見舞われ、建物や多くの貴重な蔵書が被害を受けました。以来、ずっと続けられてきた修復・復元に関する展覧会が、今年、行われました。被害状況や修復の過程、修復費用の財源内訳なども公開されており、文化財に対する町や市民の姿勢がよく分かります。 観光資源となる世界遺産が2つもありながら、実際のワイマールは、それほど観光に力を入れているという感はありません。世界遺産登録後は「ヨーロッパの文化首都」というキャッチコピーができ、観光客も増えてはいるものの、むしろ淡々と文化財を維持しているという印象です。世界遺産であるということにこだわらず、歴史的な重要性という文脈で文化財を位置づけ、それを淡々と守っていくことに意義を見出しているようでもあります。変わりつつある文化財の価値基準 美をめぐる論争は結論が出るものではありませんが、文化財の価値判断の指針になります。かつては、大聖堂や城のような、ある程度古く芸術性がある典型的な文化財が世界遺産に登録されましたが、今では、先史時代や近現代、アジアやアフリカ地域、景観や産業遺産などにも目を向け、多様な価値付けがなされるようになっています。 ワイマールの街並みは、必ずしも美しいというものではなく、国際的に文化財の保護が求めるような危機もありません。それでも登録されたのは、その歴史的背景が普遍的な価値として認められたからです。富士山のように、他の芸術や文化にインスピレーションを与えたこと、すなわち形に現せないものにも価値を見出すべきだという考え方も出てきました。すでに無形遺産条約が制定されており、この流れはさらに広がっていく気配です。ワイマールはその転換期を象徴しています。& World Heritage Siteシラーの家(左)とゲーテの家(右)ヘルダーの家TSUKUBA COMMUNICATIONS13

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