TSUKUCOMM-29
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毎日続くと、ありがたいという気持ちがなくなって、無になっていくのです。玉川:スペインの青なのですね。藪野:スペインの青でもありますが、人生で最初に認識した青でもあると思います。2歳か3歳の時に、ぱっと空を見たら真っ青だったという一番最初の記憶。戦争で崩壊した建物の上に広がる、透き通るような青い空。その青が頭に焼き付いています。玉川:僕自身は、親の仕事の都合で、東北の町を1、2年ずつ移動しました。そのせいか、具体的な風景や建物に対する思い入れがありません。だから、どうしても人間が出てくる。人間というより自分が出てきてしまう。別に自分を出したいというわけではなくて、「そこには自分しかない」という感じがあるのです。藪野:それは舞台を描いているのか、その中で主役を描いているのかという違いなのかもしれませんね。玉川:筑波大学の芸術専門学群は、芸術専門の学生を育てるという意味では美大ないしそれに準ずるところですけど、大学全体として「総合大学で、学際的な幅広い教育を行う。その中で、自分が選んだ道の専門性を追求しなさい」という考え方があります。ですから、芸術専門学群では、自由に専攻が変更できるように早稲田大学でなく芸大や美大に行っていたら、絵描きになっていなかったと思うし、なれなかったと思います。玉川:藪野さんが、いわゆる美術教育を受けて、見たものを描くことから出発し、対象にうまく感情移入して描いている人と違うことは感じます。藪野さんも、風景などの対象を目でよく見て確認してはいるけれども、実際に描く時には、堆積された目の記憶から紡ぎ出されるものを重要視している。だから、表現の背景にある思想性のようなものが伝わってくるのだと思います。特に、青の色は、デビューされた時から今までこだわっておられる。その青は、実際に目に見えるものと、絵の世界に堆積された記憶の部分を見事に分離した上で融合させる要素として、単に目に映っているリアルとは違うものを補強しているような気がします。藪野:僕にとっての青は、ほとんど「無」(nada)に近い感覚なのではないかと思います。金地屏風の金地と同じ。実際には、意識の上の世界であって金の世界でないわけですよね。僕は、最初スペインに行った時に、空を見て、「ああ今日は日本晴れだな」と思いました。日本晴れというのが、スペインでも使えるかどうか分からないけれど。そういう空が、毎日た。ベラスケスの「ラス・メニーナス」は、絵に向かって歩いていくと、遠くからは緻密に描かれていると思っていた絵が、あるところまで近づくと、とても荒いのに気がつきます。また後ろに戻ると、細密画のように見えるのです。目の認識と捉える意識のせめぎあいをよく知っているのですね。死を前にしたゴヤの「黒い絵」シリーズには、「絵を描くことが人を生かす」と実感しました。いろいろな美術館に行きましたが、人生観が変わる出会いがあったのはプラド美術館だけです。玉川:プラド美術館のベラスケスの作品を幾つか見ると、絶対的な描き手の資質みたいなものって、変えられないのだろうなと思うくらいの、ある種の気品、品格みたいなものを感じました。ベラスケスは、すさまじい上手さだから。藪野:絵の上手さでいったら、美術史の中でも1、2を争う絵描きでしょうね。玉川:僕はずっと、藪野さんはなんでスペインに留学したのかなと思っていましたが、最初の目的が建築史の研究だったと伺って納得がいきました。スペイン留学も、絵描きの世界にぐっと近づいた大きな転機ですね。藪野:スペインに行かなきゃ絵描きになっていないでしょうね。それに、もし洋画家洋画家藪野 健 氏1943年 愛知県 生まれ1969年 早稲田大学大学院文学研究科修士課程芸術学(美術史)専攻修了1970年 マドリード、サン・フェルナンド美術学校に学ぶ(~1971 年)1976年 武蔵野美術大学造形学部映像学科教授(~1999年)1999年 早稲田大学芸術学校空間映像科教授(~2010年)2009年 日本芸術院章受賞、日本藝術院会員  2010年 早稲田大学基幹理工学部表現工学科教授(~2014年)2011年 早稲田大学會津八一記念博物館館長(~2012年) 2014年 早稲田大学栄誉フェロー、名誉教授、維持員※二紀会副理事長、府中市美術館館長著書として『明治建築の旅』新潮社刊、『絵画の着想』『プラド美術館 名が隠れた謎を解く』『早稲田風景 紺碧の空の下』以上中央公論社新社刊玉川 信一 副学長1954年 福島県 生まれ1978年 東京教育大学大学院教育学研究科修士課程美術学専攻修了1985年 筑波大学芸術学系講師1992年 文化庁在外研修員特別派遣渡仏2003年 筑波大学芸術学系教授2008年 筑波大学芸術系長2009年 筑波大学芸術専門学群長2012年 筑波大学大学執行役員筑波大学芸術系長2015年 筑波大学副学長(学生担当)※二紀会理事MEMBER PROFILETSUKUBA COMMUNICATIONS09

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