TSUKUCOMM-30
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PROFILE福見 友子 氏元柔道世界女王JR東日本女子柔道部コーチ1985年 茨城県土浦市生まれ2004年 筑波大学体育専門学群入学2009年 ロッテルダム世界柔道選手権柔道女子48キロ級優勝2008年 筑波大学人間総合科学研究科体育学専攻 了徳寺学園職2010年 筑波大学人間総合科学研究科体育学専攻 博士前期修了2012年 ロンドンオリンピック 5位2013年 現役引退2014年 イギリス ラフバラ大学留学2015年 10月 JR東日本女子柔道部コーチ就任 子どもの頃から筑波大学の柔道場でやっている全日本の合宿を見学に行ったりしていましたし、高校時代には筑波大生が練習に来てくれたり、大学に出稽古に行かせていただいたりしていたので、とても身近な存在でした。筑波大学の強い選手と一緒に練習できることがすごく嬉しく、自分も入りたいとずっと思っていました。いい目標があったおかげで、勉強もスポーツも頑張れたのかな、と思います。 それぞれ自分のやり方でトレーニングするというのが筑波大学のスタイルなので、最初はどうしたらいいか分からなくて、いろいろ失敗もしましたが、先輩方や先生方にアドバイスをもらいながら「自分流」を作っていきました。練習や勉強はもちろん、普段の生活も全て「目標を達成するため何をすべきか」をひたすら考えていましたね。筑波大学には各分野のトップの先生がそろっていて、自分が強くなるためのものが、求めれば求めるだけありました。「知ることができる」ということが本当に楽しくて、「もっと勉強したい」といつも思っていました。 そこが自分を一番鍛えたところだと思います。幸いにも、チームメイトや同級生など、周りに、高い目標を目指している同志がたくさんいたので、「自分も負けていられない」というのがありました。例えば、練習が休みの日にトレーニングルームに行くと、みんなも来ている。「ああ、やっぱりそうだよね」って思うわけです。 授業の中では、実技が楽しかったですね。ダンスとか…。柔道ばかりやっていたので、知らない自分を知ったような感じで新鮮でした。「ダンスのリズム感やバランス力が柔道に生かせる」とか、何をやっても結局は柔道につなげて考えちゃうんですけど(笑)。 日本チャンピオンになった時というのは、その大会に向けて自分で計画を立て、練習をやりこんでいって、目標を達成した瞬間だったんです。だから— 土浦市のご出身で、土浦日本大学高等学校から本学に入学された福見さんにとって、筑波大学はどのような存在でしたか?— 大学3年生の時に、全日本選抜柔道体重別選手権大会48kg級の決勝で谷亮子選手を破り、見事優勝されました。にもかかわらず、世界柔道選手権の出場権を得ることはなく、北京オリンピック出場のチャンスを失って、社会的にも大きな波紋を呼びました。— 実際に入学してどうでしたか?— 自分で自分のトレーニングを管理するというのは、意思の強さが求められますね。— 柔道以外の学生生活で印象に残っていることはありますか?小学生の頃から本学の柔道場に足を運び、高校時代には筑波大生と練習していたという福見友子さん。今回は、生え抜きの筑波っ子、元柔道世界女王の福見さんに、お話を伺いました。OBOGTSUKUBA////////////////2004年 筑波大学体育専門学群入学世界柔道2010東京TSUKUBA COMMUNICATIONS12

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