TSUKUCOMM-30
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いうような不確定な要素があります。図書館情報大学では、「全ての教員が情報に関わる専門の教員である」という位置付けをされていたものですから、化学の教員として入った私も何か情報に関わることもやらなければならないということになって、思いついたのが心理学でした。人間というのは、こうやったらこう返ってくるという確定的な要素ばかりではないので、化学の実験手法や研究手法を応用できるのではないかと考えたのです。その頃に考えていたことの1つにカテゴライズがあります。カテゴライズ(分類)するということは、図書館情報学で、対象物をきちんと捉らえる上での一つのアプローチです。例えばNDC(日本十進分類法)という分類体系表ができあがっていますが、その裏には「人間が物事をどう捉らえているか」ということがあるはずで、そのことについて、きちんと扱わなければいけないなと考えました。西垣:そうです。ハマチとブリにしてもね。生物学的には同じですが、スーパーマーケットでは、全然違う扱いです。日本文化の中では、ハマチとブリは違うものなんですよ。ということは、絶対的分類というものは存在しないのです。言語学者フェルディナン・ド・ソシュールも、「概念分けというのは言語によって全部違う」ということを、さかんに言っています。それは、20世紀の思想になっているわけです。一方、深層学習の研究者は「機械が自動的に概念を取得する」と言います。「概念を取得する」ということは、分類するということです。文系の方では「絶対的分類はない」ということが常識になっているのに、理系の方では、「絶対的な概念があって、コンピュータが分類できる」と言うのはおかしいですよね。中山:15年くらい前に、読後感情を測る研究をしました。本を検索する時には、キーワードで検索します。そのキーワードは、「数学の本」とか「物理の本」とか、知識に関するものがほとんどで、小説を検索する時に、「楽しい本」とか「面白い本」というキーワードは使われません。感情語は、それぞれの個人の持っている概念であり、主観的なものなので、ずれがあるからです。情報検索というのは、インデクサーがキーワード付けをして、そのキーワードが、サーチャーの概念とマッチしているから実現できるわけで、それがずれていたら、いくらキーワード付けをしたとしても、検索できないわけですよ。ですから、感情語をどうやったら最大公約数的に両者間でマッチできるんだろうと、調査したり、研究したりしました。具体的な方法としては、感情を8つの基本因子に分け、読者に、小説を読んでどう感じたかをその8つの感情因子の中から選択してもらうんです。そのデータをたくさん集めておき、サーチャーは、その8つの因子のどれをどの程度感じたいかを選択すると、ある程度、自分の得たい感情の小説が選べます。西垣:コンピュータは、主成分分析のようなことは得意ですから、過去のたくさんのデータを集めてきて、読みたいストーリーの本を提案することはできるでしょうし、売れる小説を書く人にアシストすることも可能だと思います。しかし、それでは、新しいことは出てこない。天才的な作家が現れて、過去にない分野を開く、そうやって、芸術作品が生まれてきたんです。人間の素晴らしさとは何なのかというと、過去を踏まえながらも、全く新しい状況の中で、新しい意味を創り出していくというところにあると思うんですね。 コンピュータとアブダクション 中山:人間のみの特性に創造性があります。チャールズ・サンダース・パースは、知識発見のメソッドには、「演繹」と「帰納」と、「アブダクション(仮説推量)」があると言っています。このアブダクションもコンピュータにはできないのではないかと思います。西垣:AIによるビックデータ分析は、実はアブダクションをやろうとしているところがあります。でも、アブダクションは仮説推量ですから、間違う可能性があるんですね。AIがアブダクションの候補を選んできて、人間が最終的に判断するのであればいいんですが、AIに勝手にアブダクションをやらせたらどうなるか、非常に心配です。例えば、医師は診断する際にアブダクションをやっていますね。さまざまな条件や個人差などを考えながら、直感も働かせて診断している。いくらコンピュータが発達しても、取って代わるのは無理です。そこには人間と人間のコミュニケーションが欠かせません。TSUKUBA COMMUNICATIONS06

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