TSUKUCOMM-30
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中山:だから、アブダクション的なものが、人間的といえば、人間的なわけですよね。西垣:人間は、アブダクションをする時に、自分が間違っているんじゃないかと不安になったりもする。それが未来という不可測なものに対して、戦って生きていくということだと思います。 集合知とスローネット 中山:本学の附属図書館で提供しているTulips Search(統合検索サービス)で、先生の論文や著書を年代順に拝見しましたが、情報工学が原点で、近年は、「集合知」についてたくさんの著書を出されていますね。西垣:私が研究している集合知というのは、たがいに顔見知りでない人々が知恵を出し合って構築する知のことです。みんなで意見を出し合うと、意外にうまく答えが出る、という考え方でね。面倒だし、効率も悪いように見えるけれど、巨視的に見ると、けっこういいのではないかということです。SNSなどを使い、インターネット上で誰もが発言できる現代社会では、手軽に「集合知」を集めることができるようになりました。中山:日本のように高学歴社会になり、いろいろなことを理解できる人たちが増えてきたから、「集合知」の価値が生まれたのかなという気がします。西垣:そう思います。みんながそれぞれ、自分の意見を発表できる技術的な下地ができているということです。私は「AIが全てを支配することはできない」と考えていますが、AIそのものを否定しているわけではありません。汎用のAIでなく、専用のAIを作って、ビッグデータを分析し、集合知と上手く合わせていく。その組み合わせ方が今問われているんだと思います。中山:天気予報にしても、衛星からの詳細なデータやスーパーコンピュータによる計算で、精度がかなり上がりましたが、だから農業をどうしようだとか、社会をどうしよう、というようなことは、人間が考えていかなければいけないことですよね。西垣:実は、「集合知」に着目する前は、「ものを考える教養人を育てなくてはいけない」と思っていました。しかし、そういう人の存在も大事ですが、今のような時代になると、教養人の出現だけを待っているわけにもいかないのではないかと。普通の人々の知恵をコンピュータを利用して上手にオーガナイズした「集合知」を、問題解決のアプローチにするということが、今後求められていくと考えています。中山:西垣先生の著書『スローネット~IT社会の新たなかたち』(春秋社)でも、今後のコンピュータとの関わり方を提案されています。西垣:「スローネット」は、「コンピュータを使って何をやりたいの?」という話です。実は、今、学生一人一人が好きな小説や詩を持ってきて、みんなでそれを読むという日本語ワークショップをやっていましてね。ある学生が、宮澤賢治の『雨ニモマケズ』という詩を持ってきたんです。彼はそれが好きだというのに、暗唱していませんでした。あれほど有名な詩なのに、暗唱している学生は一人もいなかった。ちょっとスマホで検索すればすぐに出てくるから覚えなくていいと思っているんですね。私は、「それじゃ駄目なんだ。詩句を全部覚えて、それが自分の血肉になっていれば、会社で働いていて、何か具体的な問題があったときに、こういう生き方、こういう価値観が大事なんだな、とぱっと浮かんでくる。それで初めて、宮澤賢治の思想というのが本当に分かるんだ」と伝えました。私が言いたいのは、何でもかんでも、早く効率よく決めてしまうためだけにネットを使うのではなく、もっといろいろな使い方があるのではないかということです。 専門知と集合知の両立を目指す 中山:最後に、本学の学生にメッセージをお願いします。西垣:今の学生さんのいいところは、あまり物欲にとらわれず、「人に優しく」という人が多いことです。ずっと景気が悪いからでしょうね。そういう思いを技術に生かして、弱い立場の人のための技術を開発するようなことに取り組んでいってほしいと思います。中山:これまでの技術というのは、普通の人たちがいかに便利に暮らしていくかということがメインでしたからね。本学には、山海嘉之教授(システム情報系)が開発したロボットスーツ「HAL」があります。「HAL」は、装着者の歩行動作をアシストしながら、自立を支援する装着型ロボットで、先日、医療機器として承認されました。そういう方向性ですよね。西垣:そうですね。社会の弱い人たちも含めて、ボトムアップで社会の進むべき方向を考えていく必要があります。学生さんたちには、社会をこれから自分たちで作っていくという矜持を持ってほしいのです。というのも、若い人たちがマーケティングの主なターゲットになっているところがあるんですよ。ある意味「扱いやすい存在」とみられているところがある。だから、「いや、そう簡単にはいかない。自分で物事を考えているんだ」と自覚して、工学技術やコンピュータを上手に発展させてほしいのです。文系と理系とのあいだの壁なんて、小さい壁ですからね。中山:今の学問は、蛸壺化している状況にあると言われていますが、若い人たちには、いわゆる総合科学的な思考を持ってほしいということでしょうか。西垣:自分の専門を極めることも大事で、ある意味では、蛸壺化は仕方がないとは思います。でも同時に、「自分は一般的問題についての集合的な知的活動にも関わるんだ」と認識してほしい。それが、専門知を本当に生かしていくことにもつながる。これからは、そういう両面性が求められるのではないでしょうか。中山:今日は本当にありがとうございました。TSUKUBA COMMUNICATIONS07

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