TSUKUCOMM-32
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伝統的な技能を守る文化 イランでは「古き良きもの」はとても大切にされています。生活に必要なものこそ美しく伝えようという価値観は、イランの文化や生活の様々な場面に表れていると思います。音楽や工芸品といった形のある無しに関わらず、高度な伝統技能を持つ人に対して「マスター」の称号を与え、国全体で古くから伝わる技術とその伝承を守っています。 サマーン朝時代(875〜999年)のフィルドゥシーという有名な詩人は30年以上にもわたって英雄たちの歴史を『シャー・ナーメ』という抒事詩に書き上げました。世界で最も長い詩だと言われていて、私には全部読むことはできません。しかし、美しい韻と抑揚があり、現代でも古典楽器による豊かな演奏と歌、そしてスポーツによって表現されています。街のあちこちには「ズルハーネ」というスポーツジムのような場所があって、男性が集まって筋力トレーニングをしています。このパワースポーツにも3千年の歴史があり、イランの国技でもあるレスリングの練習にも活用されています。 イランの古典楽器「タール」「トンバック」「サントゥール」は、ギターやチェロなどの弦楽器の原型といわれています。いずれもマスターから演奏の技術を習います。独特な音色は少し寂しげです。これらの楽器で演奏される『シャー・ナーメ』の物語をイメージして作られた楽曲は、演武者を力強い気持ちにさせます。文学、音楽とスポーツを合わせた、「バールゼシェ・ズルハーネ・ヴァ・パフラヴァニ」もまた、イランの誇るべき芸術です。 特別なブルー、特別な願い イランのモスクや宮殿は左右対象で、モザイクなどの装飾が大小に層を成して連なるデザインが多く使われています。そして「フィルゼ」という石が豊富に用いられています。日本ではトルコ石(ターコイズ)として有名です。私たちはこの石の色を「フィルゼイ」と呼び、他のブルーとは区別しています。国や文化によって、見分けられる色が違っているといいますが、イラン人にとって水色、空色、濃い青、淡い青はブルーの仲間。でもフィルゼのブルーは特別にフィルゼイなのです。 私は子どものころ、画家になりたいと思っていました。特に、マハムンド・ファルスチアン氏のペルシャンミニアトールと呼ばれる細密画の作品が大好きで、高校時代は毎日図書室で画集を眺めていました。イラン人は時間を費やして丁寧に細工された複雑で細やかなものに愛情を注ぎます。建築、音楽、絵画、工芸品のすべてに共通している特徴だと思います。この絵画も色、構図、手法が複雑で、私はいつも色々な想像を広げています。 もうひとつの重要な特徴としては、イランの優れた芸術にはどことなく寂しさや悲しさがあると思います。悲しみを乗り越える強さが新しい力になると、偉大な芸術家たちは考えていたのでしょう。私も、そう信じています。細やかな工芸品の数々フィルゼイのアクセサリーイランの古典楽器タール浜松市楽器博物館所蔵ズルハーネPontia Fallahiショッピングモールにもシャー・ナーメの挿絵に演奏の様子がある14

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