TSUKUCOMM-32
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面白いと思いました。ベーカリーの職人は決まった時間の中で、ものすごく忙しく作業して定時にきちんと終わって帰るという、その徹底振りに驚きました。こういった経験の中で、自分がどんな店を持って、何を作っていきたいかというのがだんだんはっきりとしてきました。修行時代に勉強になったこともたくさんありますが、「おかしいぞ」と思うこともありました。『職人は安い材料でいかにうまいものを作るかだ』と言われたことはずっと心に引っかかっていて、店を出す際に、僕の店ではそれはやめようと思いました。̶ 原材料や生産地などをなるべく多く伝えようとする店舗が多いなか、菅原さんの店の売り場は6坪と小さく、表示もとてもシンプルです。ところがお客さんは商品を丁寧に選び、市内にとどまらず遠方からもまた求めてきます。どんな工夫をされているのでしょうか? 決めていることがいくつかあって、「使いたい材料を、やりたい方法で、作り続けること」を大切にしています。ドイツで出会ったライ麦と穀物やフルーツを混ぜ合わせたパンが印象深く、その経験が今のパン作りのベースにあると思います。ただ、日本とドイツではパンの食習慣が違うので日本の土壌やパン食の文化に合うように工夫しています。それから、有機栽培や無農薬のものを使うというのも決めていることの一つですが、健康や安心といったお客さんの価値観に寄り添っているかというと、少し違います。ケルンで修行したのはオーガニックのベーカリーだったのですが、シェフは、当時ファストフードは普通に食べるし、タバコも吸う、恰幅のいい人でした。「店ではオーガニックを使っているのに、シェフはぜんぜん違うんだね」と僕が冗談で聞いたことがあるんです。すると彼が言うには、もともと大学で農学を学んで農業を志していたけど、事情があってパン屋になった。自分は生産者にはなれなかったけれど、環境を守っている農家を支持していきたい。つまり自分が長生きしたいとか、健康的に過ごしたいというわけじゃなくて、有機栽培や無農薬でその土地を守ってくれている生産者が、ずっと作り続けられるように。生産者を支持する証として、オーガニックを使っているというのです。 僕はこれに共感しました。無農薬や有機肥料で小麦を作るこの生産者がいるから、その材料に合ったパンを作るという発想です。環境問題や環境保全について、大学院を辞退してしまった僕は学術的に何も貢献できませんでしたが、パンを作りながら役に立てる方法を探しています。̶ 当初、音楽と食事のある居心地のいい「場」を作りたいと志していらっしゃいましたが、店内には「貸し本」や「野菜コーナー」といった、パン屋らしからぬ棚がありますね。 もちろん誰にでも貸すということではなく、その品物に共感できるかという基準はあるのですが、自由に使ってもらっているというような空間です。筑波大を卒業して飲食業や流通業を始めた方々、アルバイトの学生さん、地域の生産者といろんなつながりができてきて、また店を通じて僕以外の人たちがつながるということもあります。そういう意味では、面白い「場」になってきているのかもしれません。エリアとしても小さな店が少しずつ集まって、なんか面白い街になっていくという展開に期待しています。まだしばらく、つくばのこの場所で、僕の店の役割があるのかなって思っています。̶ ご自身を振り返って、どんな経験が菅原さんを職人として成長させたと思いますか? 学生へのアドバイスをこめてお願いします。 見習い時代に、数軒で働きましたが、どこに行っても役立たずなんです。多少は改善されるけれども、基本、「役立たず」です。でも、できないとしても、その店のために何ができるのかを多少なりとも考えながら働いてきたことがよかったなあと。今ふりかえれば、そう思います。自分の置かれている状況が、理想や想像と違ったとしても、最後の部分は自分を曲げずに、それでもその店、会社、仲間のために何ができるのか。続けていくことで、できるようになると気づくこともたくさんあります。結果を急いで求めすぎないで下さい。TSUKUBACOMMUNICATIONS09

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