TSUKUCOMM-34
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心がけています。 校長室にはノートがあって、訪れた子どもたちがそれぞれ自分のページ(マイページ)に、日記代わりにメモを残したり、好きなシールを貼ったりしていきます。 校内を歩いていれば、子どもたちがいつでも手を振り駆け寄ってくるのも、この親しみやすい校長室の延長でしょう。■ともに学ぶ教育に向かって 教えたい、という一心だった教師時代から、研究者として教師や子どもたちを支援する立場になり、教育に対する考え方も少しずつ変わってきました。近年、アクティブラーニングなど「協同の学び」が注目されています。しかし、単にみんなで実験や観察をすれば自動的に学びが生まれるわけではありません。同じ課題を共有し、考える中から何かを得ることが重要です。 みんなで活動する前後に、一人でじっくり考えたり振り返ることがあって初めて、協同することの意義が現れます。見かけは一人ずつバラバラに考察しているようでも、その時間をともに過ごす、そしてその場に教師も一緒にいることが、いちばんの支えになるのです。 これは大学のゼミでも同じです。課題はより高度になり、明確な答えが見つからないことも増えます。そんな時には沈黙が流れます。これがまさに協同の学びの時間。学生・院生にとってはつらい時間かもしれませんが、その中でともに逍遥し、答えを導き出すことが大切だと感じています。 学習者の能力を少しずつ高いレベルへと引き上げるための足場をかけてあげるのが教師の役目ですが、もっと大事なのは、その足場を適切なタイミングで外すこと。足場をきちんと取り除かなければ、建物は完成しません。子どもに限らず、あるところまで到達したらそれ以上の助けは得られない状況を作り、学びの責任を本人に移譲すること、これによって人は自立した学習者へと成長していきます。TSUKUCOMM Vol.3408

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