TSUKUCOMM-35
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大学で演劇を研究するということは、いつ頃から考えていたのですか? もともと理系だったのですが、かと言って家業の製薬会社を継ぐという意識もなく、なんとなく受験勉強をしていました。ところが高校3年の途中で、俄然、文系の方に興味がわいてきたんです。でも演劇研究なんて考えもしませんでした。 大学の2年次が終わった時に休学をして、東京で過ごしました。その1年間に、演出助手などのスタッフとして演劇や俳優養成所に関わるようになりました。もともと、ドラマや映画などが好きで、その延長のような感じでした。舞台にもちょっと立ちましたが、スタッフの方が面白かったですね。復学してからもそれを続けていたので、卒論でも演劇を研究することにしました。では大学選びのポイントはどんなことだったのでしょう? 富山は関東と関西の間にあって、どちらかに出ていくんですが、私は東京の方に行きたいと思いました。国立大学で文学をきちんと学べるところって案外少ないんですよ。それで選んだのが筑波大学でした。入学当初は、具体的に勉強したいこともなくて、何かやってみようという程度でしたね。 筑波大にはシェークスピアの専門家はいますが、演劇研究をやっている人はほとんどいませんでした。周囲の学生も、漫画や美術、音楽などが研究テーマで、とにかく雑多な人たちの集まりでした。それが、好きなことを自由に研究できる環境になっていたんだと思います。理系だとそうもいかないのでしょうけど、先生たちにもうるさいことは言われませんでしたし。家業を継ぐという道はあったにせよ、文系で博士課程にまで進学するのは勇気のいることですよね。将来についてどのように考えていましたか? 確かに家族は期待していたと思いますが、20代前半ぐらいまではそれに反発する気持ちもありました。だから、演劇に関わりながら大学院に行って、うまくいけば大学で職を得られるかも、なんて考えていました。 でも修士から博士課程に進む頃になると、実家の状況もわかってきて、反発ばかりもしていられないと。それでまた休学して、いったん家業の会社に就職して東京支社に勤務しました。そんな中、指導教員の先生に、単位は十分だから論文だけでも書いたらどうか、とアドバイスをいただいたんです。実験はしませんから、キャンパスに通う必要もないので、研究を再開しました。研究テーマはすでに決まっていたし、それを形にして本でも1冊出せたら思い出になるな、ぐらいの気持ちでした。博士論文を出版してからも研究を続けることになりましたね。 その後もあれこれ資料を読み続けているうちに、面白いテーマがいろいろ見つかりまして。堅苦しい論文ではなく、演劇や芸能関連で、一般向けのわかりやすい読み物を書きたいと思うようになりました。それで書き始めたのが近代アイドル史です。 原稿を先に書き上げてから企画書を作って、いくつかの出版社に持ち込んだんです。著者があの製薬会社の人という珍しさもあったのでしょうね、書評で取り上げられたり、取材を受けたりして、次の本につながりました。その、昭和芸人の評伝が出版されたのが、ちょうど社長に就任した直後だったものですから、新聞の文化欄がダメでも、ビジネス欄で紹介されるという。こんな風にして、いろいろお声掛けをいただいています。 実は最近の演劇はそんなに見ていなくて、むしろ、ドラマやお笑いのような大衆芸能、娯楽が好きです。今どきの新しいものでも、必ず過去の蓄積の上にありますから、テレビ、映画、演劇、さらには歌舞伎と、そのルーツを遡りたくなるんです。自分が見てきたものよりも、見られなかったものを知りたい。そうやって現在と過去との文化的な結びつきを見つけると楽しいですよ。それでも、2つの仕事を両立させるのは大変ではありませんか? 平日と土日とで分けています。社長業と演劇研究とは、直接リンクはしませんが、過去の情報を集めてしっかり分析する、という研究の手法は、会社経営にも役立っています。また、ビジネスでも人と人との調整が重要ですよね。コミュニケーションや相手に対する気遣いは、演劇から学べることもあります。ですからどちらも大事なんです。 博士課程までやり通せたからこそ、今の両立があると思っています。どちらか1つに決めなくてもいい、2つとも選べると気持ちが楽になるんです。片方は失敗してもいい、というのではなくて、もう1つやることがあるということで、心に余裕ができます。そういう環境にいられるのはありがたいことですね。筑波で学ぶ後輩たちに、是非メッセージを。 学群生のうちは、興味の対象を絞らずにいろいろなことをやってみることです。筑波大学はそれができる場所です。ただ、自由である反面、自分から踏み出さなければ何もできずに終わってしまいます。そうならないように、学外に出るのも良いと思います。つくばエクスプレスができて東京も近くなりましたしね。とにかく、なんでもチャレンジして欲しい。思いがけないテーマに出会えるはずですよ。TSUKU COMM 15

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