TSUKUCOMM-38
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 2017年10月、カナダ・モントリオールで行われた体操世界選手権、宮地秀享さんは種目別競技の鉄棒でメダルに挑んだ。結果は5位と、目標には届かなかったものの、1万人の観客を前に、最高難度の技を世界戦で初めて披露し、会場は歓声に包まれた。バーを越えながらの後方伸身2回宙返り2回ひねり懸垂、この大技「伸身ブレットシュナイダー」は、後に国際体操連盟の認定を受けて「ミヤチ」の名が付く。まさに、体操の歴史に名前が刻まれた瞬間だった。 この大会で宮地さんが新たに見つけたことは、失敗することの価値だった。3歳から始めた体操の世界は、中・高生世代ではミスが許されない厳しさが当たり前の環境。いつの間にか失敗は恐れとなっていた。 金メダルを手中に収めるつもりで臨んだ決勝、最難関のミヤチには成功した。しかし直後の技で落下してしまう。頭の中はまっ白になった。手首のサポーターを整えながら、「帰りたい」と思ったという。同時に、応援してくれている人達の顔が浮かんできた。メダルへの希望をかけてもう一度やり直した。力強く体を振ってミヤチ、それに次ぐ全ての技を成功させて着地。しかし得点は伸びず、スコアボードを見つめる宮地さんには、悔しさしかなかった。「こんな失敗の仕方は初めてで、対処ができませんでした。これからは恐れずに、たくさん失敗しておきたい。一番成功したい時にうまくいくように」。 それまで宮地さんは世界レベルでは無名の選手だった。後に、誰も成功したことのない大技を体得するとは、周囲の誰も思っていなかった。ところが大学院進学後、たったひと月でこの技を完成させ、6月には代表候補に浮上した。その過程を見てきた後輩たちは驚きを隠さない。本人は「冬頃から『代表に入る』とは言ってたんですけどね」と笑う。新技のベースとなる鉄棒技ブレットシュナイダーを卒業研究のテーマにし、身体感覚と無意識の動きを客観的に記述することで、意識すべきポイントが明確になった。それが今回の飛躍につながった。大学院では新技「ミヤチ」の研究で、実践と理論ともに鉄棒競技の第一人者になることを目指す。 最高難度の技の名にふさわしい選手になるべく、宮地さんの新たなステージが始まった。12 TSUKU COMM中央体育館内の体操競技場。画像システムなど最新の設備が揃う鉄棒競技のスペシャリスト。’17世界体操で最高難度の技に世界で初めて成功した。東京2020とパリ2024のオリンピック2大会での鉄棒連覇をめざす。体操界のレジェンド内村航平選手を尊敬、しかし鉄棒では超えていく。宮地秀享さん 体操競技人間総合科学研究科体育学専攻博士前期1年いつ、どのくらい成長できるかなんて、誰にもわかりません。うまくいかないときも今の努力を信じて。高校生の僕にも伝えたい、「成長は止まってなんかいない。気にしなくていいよ」って後輩にひとことⓒUSA TODAY Sports/ロイター/アフロはじまりのミヤチ

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