TSUKUCOMM-38
7/28

さを生んでいると考えられます。検索手順を人の思考パターンに近づければ、より「自然な」言語支援につながるはずです。 そこで取り組んでいるのが、文脈変換というアイデアです。入力された音や文字列をそのまま扱うのではなく、文脈(話題)を認識して最もふさわしい単語や意味を出力するという考え方で、パソコンの日本語入力システム開発の分野では、20年ほど前から提案されています。漢字変換においてはかなり精度が向上しており、この技術を辞書にも応用しようとしています。 日本語は同音異義語が多い上、いくつもの語釈がつけられる単語も珍しくありません。ですから辞書で調べても、求める情報にすぐにたどり着けないこともしばしばです。複数の候補の中から、文章や会話の内容、流れに合った単語や語釈を選び、相応な詳しさで示してくれる、そんな辞書が目標です。■言語能力を定量的に測る 国語辞書で「分析」という単語を引くと、「複雑な現象・対象を単純な要素にいったん分解し、全体の構成の究明に役立てること」(新明解国語辞典第7版)とあります。特段、難しい説明ではないように思われますが、この語釈のうち小学校の教科書に出てくるのは「全体、構成、役立てる」の3語だけ。小学生が大人用の辞書を引くと、ますますわからなくなってしまいます。 私たちは、主に小学校から高校までの教育を通して、徐々に語彙を増やし、多様な文型を習得します。同じ日本語でも、発達段階によって使える単語や表現が違うわけです。ですから言語支援においては、文法的な正しさだけでなく、世代ごとに使える単語や文型に制約があることも考慮しなくてはなりません。 小学校、中学校、高校の各段階について、教科書に使われる単語の種類や出現頻度、作文に書かれる文型などを統計的に調査すると、そういった制約が明らかになります。「複雑、機能、要素」などの抽象名詞は、小学校ではほとんど使われず、高校で急激に語数が増えます。それにつれて、使える文型も広がります。「どうして私が◯◯したいかというと、△△したからです」と表現していたものが、「私が◯◯したいと思ったきっかけは、△△したことです」「△△したことが、◯◯しようと思うきっかけとなった」など、より論理的で豊かな表現ができるようになるのです。■辞書作りは学際プロジェクト 論理的な思考をするには、正しく言語を使い、適切な表現でその思考を記述できることが大前提です。また、グローバル化が進む時代にあって、日本語と他言語の間にある表現の違いや言い換えも意識しなくてはなりません。これからの国語辞書には、母語としての日本語を上手に使うための言語支援という視点が不可欠です。 多様なニーズに応える国語辞書となると、どうしても電子型になります。その開発には、言葉の意味や文法、世代間の語彙や表現能力の違いに関する言語研究に加えて、文脈変換による検索システムの構築や、使いやすいインターフェイスのデザイン、すなわち教育学、心理学、工学など幅広い分野との融合、さらに他の辞書との連動やデバイス設計では、出版や情報産業との協働も含まれます。これは、人文社会研究の在り方にも大きな変化をもたらすはずです。 モノとして手に取ることは減っても、国語辞書が改訂されるたびに、新たに収録された単語や用法がニュースになりますし、編集者のこだわりに触れるのも興味深いことです。しかしもはや、私たちが辞書に求める実用機能は、そういった言葉そのものへの関心をはるかに超えています。次世代の国語辞書はどんな姿になるでしょうか。その実現に、期待が高まります。聴HEADLINETSUKU COMMINTERVIEWPROFILE1957年神奈川県生まれ。筑波大学人文学類卒業。同大学院文芸・言語研究科単位修得退学後、1985年学習院女子短期大学講師、1989年筑波大学講師、1995年同助教授、2008年より現職。博士(言語学)。中国西南大学客座教授。専門は、日本語学、辞書論、文法教育史・文法研究史、国語教育論。国語辞典編集や小学校・中学校の国語科教科書編集にも携わる。現在、科研費基盤(B)「作文を支援する語彙・文法的事項に関する研究」、次世代型辞書開発プロジェクト、東アジア文化的基本概念プロジェクト等に従事する。やざわまことTSUKU COMM 07

元のページ  ../index.html#7

このブックを見る