TSUKUCOMM-39
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 カビは、菌糸と呼ばれる管状の細胞を伸ばして成長します。菌糸は、細胞壁に囲まれた細胞で構成されており、先端を伸ばす際には、その部分の細胞壁を新たに合成する必要がありますが、その詳細には不明な点が残されています。生命環境系の竹下典男国際テニュアトラック助教(研究実施時はドイツ、カールスルーエ工科大学グループリーダーを兼任)らの研究グループは、カビが伸びる仕組みを、超解像顕微鏡イメージング技術を用いて解明しました。 竹下助教らは、細胞壁を合成する酵素に着目し、菌糸が伸びるダイナミックな様子を、従来の約10倍の解像度(30ナノメートル:1ナノメートルは10億分の1メートル)での可視化を試みました。幅が約2マイクロメートル(1マイクロメートルは1000ナノメートル)の菌糸の先端では、細胞壁合成酵素が約100ナノメートル四方の限られた部位に局在しており、その領域付近で部分的に細胞が伸長しました。そして、そのような酵素が集中する微小部位の位置が少しずつ変化することで、細胞が徐々に伸びていることを発見しました。さらには、パルスチェイスイメージングという特殊な手法により、細胞壁合成酵素が菌糸細胞内で高速(10マイクロメートル/秒)に輸送される様子を初めて観察することにも成功しました。 カビが伸びる仕組みを理解し制御することは、醸造・発酵、抗菌など、医薬、農業、産業への貢献につながります。 数理物質系の笠井秀隆助教、西堀英二教授らの研究グループは、世界最高性能の放射光を発生する大型放射光施設SPring-8を使い、チタン原子(Ti)と硫黄原子(S)からなるシート間にはたらく、相互作用の観測に挑戦しました。 例えば、炭素原子のシートとして知られるグラフェンは、粘着テープで、グラファイト(黒鉛)から原子1個分の厚さしかないシートとしてはがせます。これは、原子のシートとシートの間をつないでいる「ファンデルワールス力」と呼ばれる力が非常に弱いせいです。この性質を利用することで、グラフェン以外でも、異なる原子のシートを積み重ねたり、原子シートの間に原子や分子を挟んで、様々な機能を発現させることが可能です。そのような材料設計のためには、原子のシート間の弱い相互作用を精密に観測することが重要です。 重なっている各シートを構成する原子間の電子密度分布は、理論計算による高精度な予測が可能です。今回の研究で得られた観測値は、この理論値と非常に良く一致しました。このことから、観測した電子分布の信頼度の高さと、理論予測の正確性が裏付けられました。 ファンデルワールス力のような弱い相互作用を予測する計算方法は、これまで、計算結果を検証するための実験データが存在しなかったために、開発が進みませんでした。今回観測した電子分布は、そのような理論計算法の検証に有用な実験データとなります。原子のシート間にはたらく相互作用の観測に成功カビが伸びて成長する仕組みを超解像顕微鏡で解明RESEARCH TOPICS原子のシート間の電子密度分布(赤)のイメージ。青丸はTi原子、黄丸はS原子を表すカビのコロニーと菌糸の成長(上)、超解像顕微鏡イメージング技術による細胞壁合成酵素の時間ごとの分布(下)。下図で各右上の数値は菌糸の伸び初めからの経過時間(秒)、赤い部分が細胞壁合成酵素を示す24 TSUKU COMM

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