TSUKUCOMM-42
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21アルコールの過剰摂取は、個人としても社会としても弊害が多く、世界的に問題視されています。過剰摂取を防ぐ施策として、世界保健機構(WHO)は2009年に「一定料金での無制限飲酒(at rate for unlimited drinking)」、日本で言う「飲み放題」サービスの提供禁止・制限を提言しました。しかしながら、「飲み放題」サービスが飲酒行動にもたらす具体的な影響については、これまでほとんど調べられてきませんでした。そこで、医学医療系の吉本尚准教授と大学院生の川井田恭子さん(大学院人間総合科学研究科ヒューマン・ケア科学専攻 博士課程2年)らの研究グループは、関東の31大学35学部の学生533人を対象に、飲食店における飲み放題に関する横断的調査を行いました。「飲み放題」を利用したことがあると答えた511人(95.8%)を対象として、飲み放題の利用と大学生の飲酒量の差異を調べたところ、飲み放題利用の場合の飲酒量は、そうでない場合に比べて、男子学生で1.8倍、女子学生で1.7倍に増加していました。また、男子学生の39.8%、女子学生の30.3%が、飲み放題利用の場合にのみ、HED(一時的多量飲酒)という危険な飲酒をしていることがわかりました。飲み放題利用時には、アルコール摂取量が2倍近く増えているというのは由々しき現実です。日本では「アルコール健康障害対策基本法」に基づき、「アルコール健康障害対策推進基本計画」が2016年に策定されています。しかし、アルコール飲料が24時間購入できたり、多くの飲食店が競うように飲み放題サービスを提供するなど、アルコール摂取に対して寛容な土壌があります。若者に対する飲酒マナーの教育を進めると同時に、飲食店のサービス提供の在り方についても、社会的な議論を喚起する必要があります。健全な社会生活を送る上では、衝動的な行動や不必要な行動を抑えるべき局面が多々あります。野生動物においても、そのような行動は不用意に危険に身をさらすことであり、命取りになりかねません。精神・神経疾患では、行動抑制能力に障害が出る例が知られています。たとえば、注意欠陥多動性障害(ADHD)の子供は、授業に集中できなかったり、パーキンソン病の患者は、歩いているときに急に止まることができないといった症状を示します。これまでの研究で、そうした疾患に共通する原因として、中脳の黒質緻密部と腹側被蓋野と呼ばれる領域にある、ドーパミン神経細胞を起点とする神経系に異常が見られることがわかっていました。しかし、ドーパミン神経系のどのような作用によって、衝動的な行動や不必要な行動が抑制されているのかは、解明されていませんでした。医学医療系の松本正幸教授は、アカゲザルを用いた京都大学との共同研究により、行動の抑制が求められる認知課題を訓練した上で、課題遂行中のサルの黒質緻密部と腹側被蓋野におけるドーパミン神経細胞の活動を記録しました。その結果、黒質緻密部のドーパミン神経細胞から出た、不適切な行動を抑制するための神経シグナルが、線条体尾状核に伝達されていることが確認されました。この発見は、ヒトでも、黒質-線条体ドーパミン神経路が、精神・神経疾患に見られる、不適切な行動を抑制できない症状の治療ターゲットとして、有力な候補であることを示唆しています。今後の研究の進展が期待されます。行動抑制能力の低下とドーパミン神経の関係を解明飲み放題はやめよう!! ―― 大学生の飲酒量を2倍近く増やすRESEARCH TOPICS記者会見に臨んだ松本教授黒質-線条体ドーパミン神経男女別に見た飲み放題利用時と非利用時の飲酒量の平均比較

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