TSUKUCOMM-47
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生化学の分野でもこの手法が適用可能になれば、医学研究にとっての新しいアプローチとなるはずです。■ 新しい実験技術が科学を進歩させる新しい分析方法や技術は、いつも、科学を進歩させる大きな要因です。精度が向上したり、新しい原理を導入することで、未知のものが見えるようになります。そのようにして、推測の域を出なかったことや、計算結果として示されていた理論が、現実のものとして証明されることも少なくありません。顕微鏡などの分析装置は、それ自体では研究の主役にはなりにくいものですが、あらゆる分野の研究に、なくてはならないもの。知りたい事柄に応じて、既存の装置を改良したり、プログラムや回路を自作することは、どの分野でも行われています。とは言え、時間分解STMのような基盤的かつ革新的な分析技術は、やはり「その道の専門家」でなければ生み出すことが困難です。この装置の発表時は、ネイチャー誌の取材を受けるなど、大きな反響を呼びましたが、これに追随する研究者は、世界的にも多くはありませんでした。それだけ、難度の高い技術だということです。ここ数年でようやく競争が生まれてきており、さらに研究を重ね、どんな材料にでも適用できるような手法にするべく、もう一段の飛躍を目指しています。■ すべての物質の謎に迫る物質を原子や分子レベルで理解したい、その興味は、この宇宙が一体どのように成り立っているのか、という根源的な好奇心から始まりました。ですから、分析対象に対しても特定のこだわりを持たず、あらゆる物質を扱います。顕微鏡はミクロの空間を観察するものですが、究極的には、小さな世界を突き詰めることで、宇宙の仕組みや生命の謎も解明できるのではないかと考えています。宇宙も生物も、元をたどれば原子や素粒子でできています。また、STMの原理であるトンネル効果が、宇宙の誕生にも一役買っているという理論もあり、なんとなく因縁も感じます。光や量子化学を駆使して物質に隠された性質を見つける研究は、いつか、宇宙にも生命にも通じていくに違いありません。探針と物質との距離を1nm程度まで近づけ、その間に電圧をかけると、トンネル現象という量子力学的な効果により電流が流れる。この状態で物質の表面をなぞるように探針を動かすと、物質表面の凹凸を検知できる。これと、1000兆分の1秒(フェムト秒)程度のパルスを放つレーザー光を物質に当て、極めて短時間に生じる変化を検出する分光法を組み合わせることで、ナノレベルの空間分解能とフェムト秒レベルの時間分解能を両立する顕微鏡を実現した。時間分解走査トンネル顕微鏡(時間分解STM)PROFILE東京大学工学系研究科博士課程中退、同物理工学科助手、米国ベル研究所・フロリダ大学訪問研究員、筑波大学物質工学系等を経て現職に。現在、科学研究費特別推進研究や未来社会創造事業において、量子光学と走査トンネル顕微鏡の先端技術を組み合わせ、極微の世界の隠れた現象を探る新しい顕微鏡法の開発を進めている。研究対象は半導体材料から生体分子まで含むナノサイエンス。令和元年春に紫綬褒章を受章。しげかわひでみ

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