TSUKUCOMM-48
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20ロンドンのセントポール大聖堂には、直径約34メートルもあるドームの内側をめぐる回廊があります。この回廊でささやくと、その声が円形の壁を反射しながら伝わるために、音波が増幅され、回廊の反対側にいる人にまではっきりと聞こえるという現象が、「ささやきの回廊(WGM)」としてよく知られています。これと同じ現象が、マイクロメートルサイズの小さな球体の中でも起こります。音波を光に置き換えますが、光の波長は数100ナノメートル程度なので、このような小さなスケールの球体内部で光が増幅されます(WGM共鳴発光)。このときの光のスペクトル波形は、マイクロ球体のサイズや材質によって変化します。数理物質系の山本洋平教授は、立教大学、物質・材料研究機構と共同で、発光のオン/オフが可能な物質を使ったマイクロ球体を作成しました。これは、酸化型ジアリールエテン(DAE)という物質でできています。DAEは紫外線照射により黄色に発光し、これに可視光を照射すると消光する性質があります。また、溶液中で容易に直径数ミクロンの球体を形成します。これに光を照射してみると、サイズや形がわずかに異なるため、球体ごとに固有のWGM共鳴発光スペクトルを示すことがわかりました。球体が指紋をもっているようなものです。基板上にこの球体を並べたアレイを作り、特定の部位に光を照射することで、マイクロサイズの絵を描くこともできます。このようにして作成した絵は、一見同じように見えても、スペクトルパターンが異なることから、それぞれを識別することが可能です。事実上、偽造不可能なデバイスが実現しました。「ペクチン」という物質名に聞き覚えはあるでしょうか。果物や野菜に含まれる天然の多糖類で、ジャムやゼリーなどの食感を改良する増粘剤として広く用いられています。生命環境系の岩井宏暁准教授は、このペクチンが、植物の種子ができる仕組みの中でとても重要な役割を果たしていることを突き止めました。植物の種子が作られるためには、花の雄しべの柱頭に受粉した花粉が胚嚢に届いて、精細胞と卵細胞が受精するプロセスが欠かせません。このとき、雄しべの中を花粉管が伸びていきますが、その通り道となっている部分(伝達組織)には、花の中でも特別に多くのペクチンが含まれていることがわかりました。そのために非常に柔らかく、花粉管がスムーズに通ることができるようになっているのです。ペクチンは、メチル基が結合すると柔らかいゾル状ですが、メチル基がないと、カルシウムと結合して硬くなるという性質があります。植物には、ペクチンメチルトランスフェラーゼという酵素があり、メチル化ペクチンを合成して、細胞壁を柔らかくする働きをしています。そこで、岩井准教授は、この酵素の遺伝子OsPMT16を欠損したイネをつくってみました。すると、花粉管の通り道となる柔らかい伝達組織がほとんど形成されず、そのために、このイネは種子をつくることができませんでした。メチル化ペクチンが、種子によって植物が存続していく上で不可欠であることがわかりましたが、見方を変えると、わざと種子をつくらないようにすることもできるわけです。柑橘類などの果物で、種子のない品種を開発したり、遺伝子組み換え作物が不用意に拡散しないようにするなどの応用もできそうです。花粉の通り道は柔らかい組織に包まれている「ささやきの回廊」現象を利用した偽造不可能な光認証デバイスRESEARCH TOPICS開環型DAEからなるマイクロ半球体アレイに対し、フォトマスクを用いて描画した蛍光顕微鏡写真(Materials Horizons誌の裏表紙絵として採択)雌しべの柱頭についた花粉は、花粉管を伸ばして柱頭の中に入りこむ。さらに通り道である花柱伝達組織の中を下に伸びて胚嚢に到達します。花粉管の中の精細胞は卵細胞と受精し種子を形成する。

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