TSUKUCOMM-49
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究の幅が一気に広がりました。ドーパミンニューロンから放出されるドーパミンは、脳の様々な場所に到達し、それぞれ異なる働きをしています。ヒトでの作用を理解するには、やはり、ヒトと近い構造の脳を使わなければならないのです。ドーパミンニューロンの複雑さを発表していくうちに、この分野へ世界中の研究者が参入するようになり、ここ10年ほどの間に、大きな研究コミュニティが形成されました。ドーパミンの新しい作用がたくさん見つかり、研究は盛んになっていますが、その分、独自性ある研究の重要性も一層増しています。■脳内ネットワークの解明に向けて脳の活動を調べる手法としては、脳に直接電極を挿して、電気信号を記録する方法が主体ですが、この方法では、ドーパミンニューロンの活動自体は制御できません。そこで近年、光遺伝学を使った方法が注目されています。植物由来の光活性タンパクを遺伝子操作によって神経細胞に発現させ、光ファイバーでそこに光を当てて活性化させます。この手法を応用すると、ドーパミンニューロンの活動を制御することができますから、より多様な実験条件を設定することが可能です。こういった新しい手法を駆使してドーパミンニューロンの働きを探る研究にも着手しています。実験上は、どちらがより多くの報酬が得られるか、という単純な基準で合理性を定義しますが、実際の意思決定はもっと複雑です。選択肢が増えたり、周囲から影響を受けると、人間でも合理的な意思決定は難しく、人によって判断が異なることもあります。それでも、何を合理的と考えるかという仕組みは、脳が作り出していることは確かです。意思決定は、前頭葉や大脳基底核といった部分を含めた、極めて広範な脳のネットワークが関わっていると考えられています。脳の様々な領域で、ドーパミンが司令塔のような役割を果たしているとすれば、それを足がかりにして、ネットワークの全容も明らかになるかもしれません。■ドーパミン研究をAIへ最近は、計算科学的な手法を取り入れることにも挑戦しています。人工知能(AI)分野ではディープラーニングという手法により、例えば脳の視覚野のニューロンの神経回路を模したようなものをコンピュータ上で再現して、画像解析などを行うことができるようになりました。脳の計算アルゴリズムからAIに応用できるものがあるのではないか、それがいずれは、最初に志した知能ロボットにもつながると期待しています。AI研究自体は、脳を人工的に再現しようというところから始まっていますが、現在活用されているものの多くは、必ずしも脳の働きに基づいた仕組みではありません。実用化が重視され、現実には脳とAIはむしろ乖離してしまっているようにも見えます。もちろん、ドーパミン研究は脳研究のごく一部に過ぎませんが、自分の研究が脳とAIを再び近づけていく上で何らかの助けになるのであれば、素晴らしいことです。AI分野とのコラボレーションからは、思いがけないアイデアも得られており、そこからさらに新しい発見が生まれる予感もあります。道のりは長いですが、研究の種はあふれています。PROFILE大学で機械工学を学んだあと、大学院から脳の研究をスタート。一貫して霊長類動物モデルを用いた高次脳機能研究に従事する。1999年 横浜国立大学 工学部 生産工学科 卒業2001年 東京工業大学大学院 総合理工学研究科 知能システム科学専攻 修了2005年 総合研究大学院大学 生命科学研究科 生理科学専攻 修了 博士(理学)2005年 米国国立衛生研究所(NIH) 研究員2009年 京都大学 霊長類研究所 助教2012年 筑波大学 医学医療系 教授まつもとまさゆき

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