TSUKUCOMM-51
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15 現在の海洋中の二酸化炭素(CO2)濃度は、サンゴや大型海藻の海中林などの生物体が、海底で複雑な三次元的構造(構造的複雑性)を作り出すのに適しており、それによって高い生物多様性が保たれています。海洋のCO2濃度が高くなって酸性化すると、生物群の構成が変化しますが、その過程(遷移過程)の初期段階においては、日和見種といわれる、環境の変化が激しい場所でも多くの子孫を残す生存戦略をとるような微細藻や小型の藻類が増え、他の大型藻類はそこに加入できなくなります。 伊豆諸島の式根島海底には、CO2ガスが吹き出し、その濃度が高くなっている海域があります。生命環境系のハーベイ・ベンジャミン助教らの研究グループは、この高CO2海域と、そこから離れた通常海域との間で、生物群集の移植実験を行いました。高CO2海域では、日和見種が優占し、生態系における種の多様性は低いままとなることで、海底の構造的複雑性が低下します。構造的複雑性は、様々な生物資源を創出するなど、生態系の機能的側面を支えており、その喪失は、人類が享受するさまざま自然の恵み(生態系サービス)の劣化を意味しています。 さらに、小型藻類が優占していた高CO2環境下の生物群集を、通常のCO2濃度レベルの環境下に移植したところ、数ヶ月程度で、大型藻類を主体とする群集に変化することを見いだしました。つまり、適切にCO2を削減すれば、生物多様性の停滞が解除され、生態系が回復できるわけです。海洋酸性化が生物群集を変化させるメカニズムが明らかになれば、海洋酸性化に対する生態系の管理が可能になると期待されます。 半導体や絶縁体などの固体物質の中では、負の電荷を持つ電子と正の電荷を持つ正孔という二種類の粒子が運動しています。これらの粒子は、互いの引力によって結びつき束縛された「励起子」と呼ばれる状態になり、物質の性質に大きな影響を与えることがあります。近年、光を利用して物質を制御する研究が盛んに行われていますが、光の下での励起子の超高速な振る舞い(ダイナミクス)は未解明でした。計算科学研究センターの佐藤駿丞助教らの研究グループは、アト秒(10の18乗分の1秒)時間分解ポンプ・プローブ分光実験をフッ化マグネシウム(MgF2)単結晶に適用し、光が引き起こす励起子の超高速なダイナミクスを高い時間分解能で観測することに成功しました。 これにより、光が誘起する励起子のダイナミクスには二つの時間スケールの現象が共存していることが明らかとなりました。一つは励起子ダイナミクスを駆動する光の周期よりも長い時間スケールで生じる現象で、もう一つは光の周期よりも短い時間スケールの現象です。 数値シミュレーションにより解析を進めたところ、励起子は、長い時間スケールでみると、電子と正孔が結びついた「原子」のような振る舞いを示す一方、短い時間スケールにおいては、電子と正孔がそれぞれ空間内を自由に移動する「固体物質」的に振る舞うことが分かりました。このような超高速励起子ダイナミクスにおける励起子の二面性(原子的性質と固体的性質の共存)は、物質のさまざまな性質を光によって制御するための新しい方法論につながると考えられます。現在の海洋環境(CO2濃度)では、遷移過程の進行に伴って種多様性が増大し、複雑性の高い生態系となる(左)。一方で、高CO2環境下では、小型藻類が初期段階で優占した後、遷移が停滞し、生物多様性が低下して複雑性の乏しい生態系となる(右)。©Ben P. Harvey, 筑波大学下田臨海実験センターRESEARCH TOPICSRESEARCH TOPICS光が引き起こす励起子のダイナミクスには二つの時間スケールが共存する海洋生物の多様性は二酸化炭素濃度の低減によって取り戻せる本研究に用いたポンプ・プローブ分光実験の模式図。図左には実験に用いられる二つの光パルス(赤と青の波形)が示されており、光のパルスがフッ化マグネシウム(MgF2)の単結晶の表面で反射されている様子が描かれている。©Matteo Lucchini, Politecnico di Milano

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